滴りぬ灯

 プラスチックシートごと口内で噛み砕いた薬剤が溶けきった頃、青々とした光に照らされたメスが滅菌されきったことを知らせるタイマーが鳴り響いた。
 音音にとって痛みは快楽や愉悦になり得ない。痛みは痛みでしかない。刺せば痛い、切れば痛い、焼けば痛い、打てば痛い。楽しくはない、過剰になれば死ぬほど痛い。
 そうした痛みに選んだ言葉を被せて喋り続けることはもうやめた。言葉は包帯にも麻痺薬にもならなかった。唾程度でしかなかった。魔法の呪文では痛みはなくならないことを音音はすでに知っている。
 言葉を選ぶかわりに錠剤を口に含んだ、言葉を発しようとする、都度口を塞ぐ為に錠剤を含んだ。言葉は泡になって唾液と共に飲み込まれた。不快な程に体内に澱となって毒になった。それは痛みだった。傷を内側から抉る刃ではなくすでに鉄屑だった。

(20080717)


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