最後の海

 夜を纏う。
 私が降り立つのは暗く浅い海。
 何度も足を運んだ都心から外れたこの海辺に
 私はたった一つの音を聴く為だけに、降り立った。
 耳元にはエンドレスでBPM108のクリック音。
 海辺には海月の屍骸が数限りなく打ち上げられ
 私は爪先でそのやわらかい死体を撫でている。
 こんな所で、打ち上げられて、簡単に死んでいきやがって。
 欲望はないのか。
 私は問う。 お前達に希むものはなかったのか。
 闇に浮かび上がる水面の白月、死体、応えはない。
 パーカーのポケットに手を入れたまま
 海へと向かって歩き出す。
 水の奄「は乾燥した髪、肌に纏わりついて離れない。
 風を吸い込み、目を閉じる。
 光の残像が眼裏に泳ぎ、クリック音がこの身体総てを包み込む。
 足元を緩く攫っていく海砂と波。
 浸る水温に融合していく体温。
 静かに問う。
 己に問う。
 欲望はないのか、希むものはなかったのか。
 一歩歩を進める毎に問いは繰り返される。
 隠している欲望はないのか。
 殺した希みはなかったか。
 膝を
 満ちる海が触れてくる。
 眠りに落ちていく視界のまま私は水面へと手を伸ばした。
 目覚めることはない私の欲望が
 この指先から
 流れ出していけばいい。

 欲望は、希むものは、なかったのか。

 答える術を私は持たず、母体の音楽に身体を委ねるままに。

(2006)


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