どうせなら

 あなたに縛られたかった、な。
 軽薄な口元が呟く。口端を唾液などでは到底薄まらない強い色の血が流れていく。今自分が与えた打擲の痕を爪で詰れば白い目元が歪む。右の腕のみを梁に強く結わえた体は中途半端にだらしなく撓り、床に着けきれない右の膝頭が今与えた衝撃に合わせて揺れた。
 常日頃とは一つ線を引いた情事など自分の想像に難くない。難くはないが既知であるかと問われれば肯定などできぬ。それが相手のほんとうの常なる行為であるならば答えなど単純で、その言葉につき従うままだ。望まれる総てを与えてやろうという思考だけで黙々と工作を組み立てるこどものように紐を手繰りては弄る。望まれるがまま、しかし望みは明確な言葉として一度足りとて発せられない。上昇する熱と湿る空気に応じる息を利く、指先に凍みた血肉の色、体の色を舌に知り覚え見る。調子と位置を知りそれを一つ上乗せする、過度ではないが過剰で単純な仕掛けである。
 切って、
 欝血した腕の表面に赤い斑点が滲んでいる。その腕の傍らで傾げた顔の目はこちらを射るように見た。
 切ってもいいよ。
 嗾けるような表情で嗤う。掠れた声で乞う。床に赤く擦れた膝で着衣を弾く。
 この相手は嘘を吐いているとそれで知る。
 他の人物との常なる行為でこの人はそういったことは見せないだろう。
 嗤うその頬を擲たせ、縛られ切られることを願いながらどうしたってこちらをその領域に迎えては呉れぬままなのだ。この人は。許しを唱える口は全く何一つとして許しては呉れていない。
 どれだけ擲とうがどれ程切ろうが、互いの熟れる微熱さえ交じり合えない、それを知った上での詰らぬ願いの数数が二人の間にあきらかな痕を残す。それでもこどものようにただただ其れ等を受け入れ聴くだけの自分の指先は既に痣と血に染まっている。受け入れ続けることでしか時間をやり過ごす事などできない。
 今また軽薄に笑う腫上がった唇を爪で裂いた、歪んだ眉根を覆うようにして掌で視界を奪う、左手の刃が梁から下がる腕の裏をなぞる。
 生易しい、真綿のようなそれにどうせなら縛られてみたかった。

 <了>

(20081218)


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